ミカと知り合うまえの話

『ミカへ

ひとの期待に応えたかったのも、自分の希望を叶えたかったのも知ってるよ

それが相反する物だったとしても叶えようとしてただろ?』

 

ミカは僕を友達に会わせたがったり、よく行く店に連れて行って顔馴染みの店員に紹介するのが好きだった。

『シンちゃんって言うの、格好いいでしょう?』

そう言うと、言われた相手は一拍置いて

『あ、あー!男前だよね』

などと明らかに気を使って褒めてくれていた。

いつもなんだか申し訳ないと思ってはいたが、なによりミカが嬉しそうにしていたので、嫌な気分はしなかった。

 

ミカと初めて会ったのは、名前の似たエミカと別れた初夏だった。

エミカは僕が生まれてから初めて出来た彼女だから別れたのも初めてで、もっと言えば浮気をされたのも初めてだった。

その相手は毎日のように遊んでいた友人グループの中でも、自分から前に出るタイプではなく、口数は少ないものの一言が面白く顔立ちも整った、僕も大好きな友人だった。

 

原因が原因だけに悲しみや落胆ではなく、ただただ考える事に疲れてしまった挙げ句、新卒で入社したばかりの会社も辞めてしまった。

 

独り暮らしだったが、学生時代のアルバイトで貯めたお金が少しあったから、しばらくはそれで生活も出来るし、就職活動なんて新卒のそれしか知らないのだからどうやってやったらいいのかわからなかった。

今となっては世間知らずな上にメンタルも弱いという情けない事だけど、その時はそれしか出来なかった。

 

それに何より気力が無かった事が一番の問題だった。

 

住んでいたマンションにはケーブルテレビが引かれていて、契約をしていないのに音楽専門チャンネルが視聴出来た。

部屋は狭いけどそこが気に入っていたのだが、それまで忙しくしていたからあまり見ることもなかった。

会社を辞めてしまって友人との付き合いもやめて暇になってしまったので、やっとそれを毎日見る事が出来るようになったのに、あまり楽しんで見るというよりは、無気力に眺めて過ごしていた。

時折流れてくる音楽に合わせてギターを弾いてみたりしていた。

アヴリル・ラヴィーンのコンプリケイテッドとレッドホットチリペッパーズのバイザウエイが数時間毎に流れていた。

 

そんな生活をしている僕を見かねて『みんなで花火をやるからおいでよ』と誘ってくれた知人が居た。

僕は嬉しさ半分と、人に会うような生活をしていなかったから少し気が引けてしまっていたのだが『妹がシン君と会ってみたいって言うから呼んでもいいかな?』と言うので、俄然気合いを入れて出掛けて行った。

なにしろその知人はレイカさんと言って、外国人の少女のような美しさと可愛さがあるのに、とても人懐っこいながら真面目な人で、その妹さんに会えるならこっちとて一目見てみたい。

そう思うと無気力な生活の中で不純とは言え出掛ける気分になったのは大きな進歩だった。